御洗米の紙で熱が引いた脳膜炎の幼子
どんな伝承か
明治三十年七月十九日の正午ごろ、笠井家の三男で前々年の暮れに生まれた鎮夫が急に熱を出し、午後二時半ごろにはひきつけを起こして、ほとんど息が絶えそうになった。すぐに倉富の医師松岡を迎えると、熱は四十一度あった。夜中に帰宅した父吉夫は、天寿があるならどうか助けてほしいと静かに天地金乃神に祈り、祖母は束ねた線香を焚いて願をかけた。翌朝、御洗米の紙二枚を水に浸して胸に貼り、家族そろって祈念すると快方に向かい、二十一日の昼にはほぼ平熱に戻った。吉夫は、成長したら決して信仰を怠るなと書き残している。
原典より
翌廿日朝ニ及ビテハ御洗米ノ紙二枚ヲ水ニテ浸シ、胸部ニ貼り付ヶ、家内一同御祈念シ居りタルニ、漸ク快方ニ赴キタリ。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。