照蓮寺の福来博士記念館を再び訪ねて
どんな伝承か
昨年の夏、信州へ向かう途中で著者は高山に立ち寄り、福来博士記念館を再び訪ねた。調べてみると、東京帝大の公式史には福来が大正二年に休職となったと一行あるだけで、現代の心理学書もほとんど彼に触れていなかった。飛騨川沿いを走る列車の中で、著者は天然、福来、田中守平という岐阜県に生まれた三人が、明治から大正の霊術に大きな仕掛けを残したことに思い至る。翌朝、城山を登って照蓮寺の記念館を訪ね、独学で大学を出て高野山大学の大学院まで修めた山本健造が、郷土の福来に心酔してこれを建てたことを記した。展望台からは乗鞍岳が望めたという。
原典より
早い話が、この記念館も、小学卒の学歴しか持たぬ飛騨人・山本健造氏の血涙によって建立されたのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。