海まで流されて戻った細工名の地蔵
どんな伝承か
嘉元二年、日尊という僧が奥州へ下り、熊倉村まで進んだ時、小僧に呼び止められて悪病の流行する村へ案内された。道ばたの小さな堂の脇を通り抜けると小僧の姿が消え、堂に上がってみると、地蔵の前の経机に小僧へ渡した振り分け荷物が紐をつけたまま置かれていた。日尊が祈祷すると流行病は跡形もなく消え、村人は全戸日蓮宗となって寺号を本光山妙福寺と改めた。その部落が細工名である。天文五年六月二十八日の白鬚の大洪水の時、地蔵の木像は堂ごと押し流され、新潟県の松が崎まで流された。子供らが手車に乗せてはやすと、さいくなーのおー地ん蔵と答えたので、村から村へと送られて細工名へ戻ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史・自治体史(民俗))
福島県会津坂下町の自然伝説・歴史的伝説・信仰伝説を網羅する。