消えたヤソ一家と曲沼の地蔵
どんな伝承か
曲沼の、青木の方からの入り口の道ばたに石の地蔵がある。小さな堂の中に赤い頭布と赤い前掛をかけた、どこにでもありふれた道しるべの地蔵のようである。今は個人の屋敷内にあるが、その昔は御用場屋敷と呼ばれ、ヤソウという者が住んでいた。村とのいざこざから明治のはじめに裁判となり、ついに村中でこの家をこわし始めた。ヤソらは座敷に座って動かなかったが、いつどこへ消えたのか誰も知らないうちに姿が見えなくなっていた。座敷跡は村で分けたが、その翌年、村中にはやり病がまん延した。皆ヤソらのたたりだと思い、地蔵を作って供養することになり、今も七月二十三日に村中で拝んでいる。
原典より
曲沼の、青木の方からの入り口の道ばたに石の地蔵様がある。—— 会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。