人を斬って伏見稲荷を勧請した伴次
どんな伝承か
昔、橋本金沢に伴次という百姓の若者が住んでいた。剣術が飯より好きで相当の使い手となり、一本差しを許されていた。ある蒸し暑い夏の日、大川畔の高久河原へ涼みに出かけたところ、水泳ぎをしていた高久村の若者衆に喧嘩を吹っかけられ、石を打ちつけられ丸太棒を振り回されて我慢できず刀を抜いた。一人が飛びかかってきたのを一刀両断に振り下ろすと、その若者は水中に飛び込んで向う岸まで泳ぎ、上がった瞬間に倒れて息を引き取った。伴次は長泉寺へ逃げ込み、住職が長持の底に隠して捕手の家探しをのがれた。伴次は住職のすすめで京都の伏見稲荷へ上り、修業して神官の位を得、伏見稲荷を勧請したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。