追いはぎを親分にさせた俊足の男
どんな伝承か
塔寺八反はもとは盗賊ではなく、足が早いところから飛脚を仕事にしていた。ある時、山中でおいはぎ数人に取り囲まれ、あり金全部を置いて行け、さもなくば命はないぞと脅された。八反は、取れるものなら取ってみろと言い返し、打ちかかってくる相手を右によけ左に走り、前にいるかと思えば後ろで大笑いする早業を見せた。おいはぎらは大刀を投げ出して謝り、ぜひ我々の親分になってくれと頼み込んだ。それが大泥棒になる始まりであったという。本職になってからは、腰に一貫三百匁ある鉈を常に離さなかった。八反というあだ名は、八反の布をつないで一端を腰に結んで駆け出すと、もう一方の端が土に付かぬほど早かったからだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。