彰義隊が斬られた腹切りの地
どんな伝承か
三本松のあたりは、晩に馬力で荷を運ぶと追いはぎが出る物騒な所だった。道をおおうほど幹の曲がった、抱えきれないほどの松があり、その一帯は「腹切り」と呼ばれていた。上野の戦いに敗れた彰義隊の残党が逃げてきて、今の自然幼稚園のある地蔵山で切られ、そこに埋められたからだという。近くの古い墓は市川新田の共同墓地である。今は何丁目と呼ぶ三本松も昔は腹切りといい、消防署のあたりの飯屋では「腹切りのだんごでも食うか」と言って立ち寄ったと語られる。
原典より
III 昔話1 二宮金次郎2 桃太郎3 いんねえのじゅえむどん(1)―田の草取りいんねえのじゅえむどん(2)―縄ないいんねえのじゅえむどん(3)―三年使われて泣く4 いんねえのじゅえむどんIV 唄1 子守唄—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。