オヤボッケ
どんな伝承か
下貝塚中学校付近から横堤を越えた先の一帯は、オヤボッケと呼ばれる。これは大谷北方という下貝塚の字にあたる地名で、話者によれば「北方」という字を読めず、何もない原野の先に人家が見えたことから「あそこが北方か」と言ったのがオヤボッケの由来ではないかという。演習に来た偉い軍人でさえ「北方」の字を読めなかったとも語られる。
原典より
2 ワダのサガ(1)~(2)3 小田山を通った里見の落ち武者4 番神さま5 コンコンさま(1)~(2)宮久保1 袖掛け松2 美女ヶ崎八幡1 因縁のあるとこ—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成初期刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第6集』を全140話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。