人柱となった巫女婿夫婦と母也明神
どんな伝承か
上閉伊郡松崎村字矢崎に、綾織村宮ノ目から移り住んだ巫女の婆様がいた。婆様は婿が気に入らず、離縁の機会を狙っていた。猿ヶ石川から村へ引く堰口の留が毎年破れるので、村人が占いを頼むと、婆様は明朝白衣で葦毛の馬に乗り附馬牛村へ向かう者を留口に入れよと告げた。翌朝そこを通ったのは自分の婿で、婿は覚悟して淵に入り、悪計を知った娘も後を追い、婆様も悔いて身を投げた。三日三夜の雷雨と洪水の跡に大石が現れ、巫女石と呼ばれた。婿夫婦は堰神、婆様の死んだ所は母也明神として祀られていると伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。