権田に帰りたいと言った地蔵
どんな伝承か
ある地蔵様は、もとは下平の九衛門さんの持ち物だった。九衛門さんには三人の息子があり、上の二人はりっぱに財を築いたが、末の太郎兵衛さんは酒好きで、家屋敷ばかりかこの地蔵様まで売り払ってしまった。地蔵様はいつしか高崎の九蔵町にあるフジサキという醤油屋の奥庭に据えられていたが、そこで「権田に帰りたい」と言い出したと伝わる。
原典より
いつか地蔵様は高崎の九蔵町のフジサキという醤油屋の奥庭にあったという。—— 倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)(群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)(群馬県民俗調査報告書)
『倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)』は、群馬県の民俗調査報告書のうち倉渕村の巻の一部で、章の途中から始まり、地蔵信仰の条の途中で切れている。十二様や便所の神への安産の願い、道祖神、口寄せのアガタ、オサキ使い、山犬様、狐火・光り物・火の柱・人魂の怪異、三隣亡やお百度の俗信を、聞き取った地区の名を添えて記す。続く「四、仏教民俗」では明治十二年の「寺院明細帳」による村内寺院の表を掲げ、観音・薬師・地蔵の信仰を述べる。