八ヶ岳と富士山の背くらべ
どんな伝承か
大昔、八ヶ岳と富士山がどちらの背が高いかで言い争い、互いに譲らなかった。見かねた山の神が測ってやろうと言い、富士山の峰から八ヶ岳の頂へ樋を渡して水を流すと、水は富士山の側へ流れた。これで富士山のほうが低いと決まったが、負けた富士山は腹を立て、その樋で八ヶ岳の頭をさんざんに打ちすえ、横腹を蹴り上げた。そのために八ヶ岳は背が低くなり、今のように峰がいくつにも分かれた姿になったと語られている。
原典より
富士山はおこってその樋で八ヶ岳の頭をめった打ちに打ち横腹をけあげたという。—— 南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話(南佐久郡(編)・南佐久郡誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話(南佐久郡(編)・南佐久郡誌)
『南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話』は、長野県南佐久郡の郡誌民俗編から、第十三章「伝説と歌謡」の昔話・伝説・世間話の部分を収めたものである。郡内に伝わる鳥呑み爺や古屋のもりなど十一話の昔話、離山・白駒の池・おかんばあさんなどの伝説、光り物・あずきとぎ・天狗・かっぱ・狐火・家つき童子などの世間話を集める。伝説の後半には藤沢衛彦編『日本伝説叢書・信濃の巻』から佐久に関わる話を原文のまま引き、世間話は話題ごとに体験談を並べる。