郷里の幸せを祈って石になった奥方
どんな伝承か
苅屋原の下に採石場があり、その左手の頂上に、苅屋原に向かって尼さんがお経を読んでいるように見える石がある。これが比丘尼石である。村上義清が葛尾城を自落して越後へ逃れたとき、奥方は姫城を脱出して苅屋原の方へあわただしく駆け下って避難した。奥方は「私はこれでよいが、どうか郷里の住民の永遠の幸せを」と祈願し、ここで化石になったと伝えられている。
原典より
苅屋原の下に採石場があるが、その左手の上の頂上に、苅屋原に向って尼さんがお経を読んでいるような石が見える。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。