北条の名を保つ屋号落保
どんな伝承か
大船渡町の関沢病院の裏に北条という家があり、付近の人々はこの家を落保と呼んでいる。天正十三年三月、豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めてこれを滅ぼしたが、その落武者は遠く気仙のこの地まで落ち延びてきたという。落武者の一人は、あくまでも北条の名を残し、これを永久に保とうという願いから、落ちて保を作るという意味で、落保という屋号をつけたものだと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大船渡市史 第4巻(民俗編)――伝説(大船渡市(編)・大船渡市史)
『大船渡市史 第4巻(民俗編)――伝説』は、大船渡市が編んだ市史の民俗編である。この写しには、第六章「俚諺・俗信」の軽口・地口の類と、天候予知や吉凶の前兆、禁忌、呪法などの俗信、第七章「伝説・昔話」のうち伝説の節を収める。伝説は木・石、山、坂・洞穴・塚、水部、長者旧家、社寺・堂閣、地名などに分けて、五葉山や日頃市・末崎など市内各地の言い伝えを並べる。