落人が残した鍋を祀る山中の社
どんな伝承か
御鍋神社は二岐からかなり奥まった山中にある。御鍋という社名は、ご神体が鍋または釜であったことによる。平将門が乱を起こしたとき、家臣の永井平九郎はこれを諫めたが容れられず、天皇から将門に下賜された宝の釜を携えて東白河郡八槻村へ流れ、のちに二岐山の麓へ逃れた。天暦十年に死去し、平九郎を葬った谷を平九郎谷という。別の伝承では、将門が滅んだのち孫姫の桔梗の前が一族とともに二岐へ逃れたが、節句に立てた幟が目印になって追討の兵に見つかり、姫をはじめ一族は皆殺しにされた。その際に残った鍋を祀ったのが御鍋神社だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。