空海が明光の地に建てた薬師堂
どんな伝承か
田良尾の薬師堂は明治三年まで薬師御霊宮といわれ、修験の金剛院が別当を務めていた。伝承によれば、弘仁十二年、空海がこの地に赴き、薬師尊を頭上に頂いて、出雲の一番田薬師の医術の秘法をもって天皇および人々の病苦を救うための祈願をした。そのとき明光を放つところに至ったので、そこに薬師堂を建立し、法弟の金剛坊を住職として薬師医術殿の別当としたという。縁日は旧暦四月八日で、餅をつきオフカシを作って呼び呼ばれがあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。