乞食の一言で栄え衰えた須田の家
どんな伝承か
富士見村小暮の須田家は界隈きっての財産家だが、昔、借金取りに追われて正月の松飾りも用意できないほど困ったことがあったという。夜なべに出て杭にする木を伐ってきたが、ナラのつもりが、夜が明けてみるとクリの木だった。主人がしくじったと嘆いていると、通りがかった乞食が『ナラぬ身上をクリ回す』の意だと言って縁起がよいとほめた。それから須田は見る見る大尽になった。ところが金持ちになって立派な築山を自慢していたとき、また乞食が来て、須田の身代はこれで尽きる山だと言ったので、そこから家運は傾いていった。それで昔は正月の乞食を尊び、悪い因縁をつけられぬよう小言も言わず、惜しい物でも与えたという。
原典より
そうだから、昔は正月乞食が来るつうと、乞食は尊いもんなんだ。—— 宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書)
『宮城村の民俗――伝説・口頭伝承』は、群馬県民俗調査報告書の第二十三集として宮城村の民俗をまとめた報告のうち、「口頭伝承」の章の「はじめに」と伝説・昔話の部分を収めたものである。赤城の麓の柏倉・三夜沢・鼻毛石・苗ヶ島・大前田などで聞いた話を、語り口を残した聞き書きと短くまとめた条とで記し、採集地を括弧で添える。俵藤太のムカデ退治や小沼の主となった赤堀道元の娘、地名や石の由来の伝説に続き、食わず女房や馬鹿婿などの昔話を並べる。