宮の戸が開き現れた十二単の姫神
どんな伝承か
十日の午後、鎧が裏の畑で芋を掘っていると、差し渡し一尺ほどの蟇が安産の守り札をくわえて来て鎧に渡し、たちまち消えた。続いて白兎が来て、今日は長壁様が姿を見せるので髪を島田に結い直して宮へ参れと告げ、母の許しを得て戻ると兎は消えていた。島田に結って母と妹の亀を連れて宮で拝むと、宮の戸がひとりでに開き、身の丈一丈ほどの十二単の姫神が現れた。姿は鎧にしか見えなかったが、戸が開き、風もないのにしめ縄が揺れるのは母たちも見た。姫神は鎧の髪に簪を挿し、白粉などを与え、鎧という名はよくないので春と改めよと告げたという。
原典より
それより即ち髪をシマダに結て、母及妹の亀女を伴ひて長壁大神の宮へ参りて拝み居たるに内より自ら宮の戸ギイーと音してひらけ、恐れ多くも大神御身を顕し玉ふ。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。