梨の樹に草履を残した寒戸の娘
どんな伝承か
『遠野物語』八に記された話である。黄昏に女や子供が家の外に出ていると、よく神隠しにあうという。松崎村の寒戸という所の民家で、若い娘が梨の樹の下に草履を脱ぎ置いたまま行方知れずになった。三十年あまり過ぎたある日、親類知音の人々がその家に集まっていたところへ、ひどく老いさらぼえてその女が帰ってきた。どうして帰ったのかと問うと、人々に逢いたかったからだと答え、それではまた行くと言って、ふたたび跡を留めず消え失せた。その日は風の烈しく吹く日であった。以来、遠野郷では風の騒がしい日に、今日はサムトの婆が帰ってきそうな日だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。