折れた帆柱で彫った伝教大師の観音
どんな伝承か
近江の守山の近くにある十一面観音は、伝教大師が唐から帰る船が嵐にあい、多くの船がくつがえったとき、大師が祈ると海上に観音の姿があらわれて風波がしずまったことによる。帰国ののち、折れた帆柱で観音像を彫ったので、帆柱観音と呼ばれるという。
原典より
伝教大師唐より帰帆の時卒に風劇く吹き、船多く覆へれり、大師この時十一面観音を祈念し玉へば忽ち身軀海上に現はれ玉ふ、故に風波平にして難を免れたり。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。