尊意、大聖歓喜天の瑞相を見る
どんな伝承か
比叡山の円珍のもとで受戒した尊意は、苦しい修行で密教の呪法に通じ、やがて宮中に召されて醍醐天皇の護持僧となった。延長元年(九二三)六月二十九日、中宮穏子の出産を控えて、内供奉十禅師の職にあった五十七歳の尊意に勅が下り、安産を祈る七日間の不動法を修することになった。四日目の初夜の勤めのあと、大聖歓喜天が姿を現す奇瑞があり、続く七月二十四日に親王が無事に生まれた。のちの朱雀天皇である寛明親王で、尊意はこの後、勅命によってこの皇子の護持僧となったという。
原典より
第四日目の初夜の後に、大聖歓喜天が出現する奇瑞をみたが、あけて翌七月二十四日になって、無事親王が誕生した。—— 日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年))
『日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史』は、山折哲雄が霊魂と身体の相関を軸に日本人の霊魂観を論じた論考集で、あとがきは一九七六年六月の日付である。序章で和辻哲郎・津田左右吉・折口信夫・柳田国男らの霊魂論を検討し、『日本霊異記』の蘇生説話にみる遊離魂と殯、天皇の病と看病僧の呪法、平安宮廷の物のけと不動法、源信『往生要集』の観想を各章で論じる。雑誌に発表した論文をまとめ、巻末に物のけ現象の資料と憑霊年表を付す。