落雷で救われた六代御前の守り本尊
どんな伝承か
前川観音は、平維盛の長男六代御前の守り本尊だったと伝える。平家が滅んだのち京の東山の寺に潜んでいた六代は捕らえられて鎌倉へ送られたが、文覚上人の嘆願で身柄を預けられた。それでも頼朝は六代を生かすつもりはなく、京へ向かう一行に追手を差し向けた。駿河の田恋川のあたりで刀が振り下ろされようとした時、雷が刀に落ち、その隙に文覚は六代を馬に乗せ、身を守る観音像を託した。六代は斉藤五・斉藤六を連れて前川まで逃げ延びたが、やがて捕まり近くの河原で斬られた。この六代を弔うため守り本尊を祀ったのが前川観音で、縁日が若い男女の出会いの場となったことから色観音とも呼ばれた。
原典より
前川の観音さまは平維盛の長子六代御前の守り本尊であったという。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。