六代御前と御最後川
どんな伝承か
逗子の田越川が海に注ぐ少し手前、桜山のふもとに六代御前の墓がある。六代御前は平維盛の長男で清盛の曽孫にあたり、平家が壇ノ浦で滅んだとき十二歳だった。母とともに京に隠れていたが北条時政に捕らえられ、千本松原で斬られるところを、母子を哀れんだ文覚上人が頼朝にとりなして命を救われた。その後は高雄の神護寺で仏道に励んでいたが、頼朝が没して上人も再び流されると、幕府に捕らえられて関東へ送られ、この田越川のほとりで処刑されたという。村人はその運命を哀れんで亡骸を川岸に葬って墓を建て、この川を御最後川とも呼ぶようになったと伝える。
原典より
弘法大師と水無川(秦野市・中郡西秦野町) 八八尼将軍と化粧井戸(横浜市南区井土ヶ谷上町) 九六—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。