うつぼ舟で大隅に流れ着いた八幡の母子
どんな伝承か
大隅正八幡、いまの鹿児島神宮の縁起によると、八幡神のふるさとは震旦国で、母は陳大王の娘の大比留女であった。大比留女はわずか七歳で身ごもり、九か月で男の子を産んだ。夢の中で高貴な人と共に寝て、朝日の光が胸に差すのを見て目を覚ましたともいう。驚いた父は、子が三歳になったとき、母と子をうつぼ舟に乗せて海へ流した。舟が流れ着いたのが日本の大隅で、継体天皇の時のことだという。母はのちに筑前の若杉山に入って香椎聖母大明神となり、大隅に残った男の子は正八幡としてあがめられるようになったと伝える。
原典より
父は驚いて、子どもが三歳の時に母子ともうつぼ舟にのせて流す。—— 広島県史 民俗編――伝説の分布(広島県(編)・広島県史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
広島県史 民俗編――伝説の分布(広島県(編)・広島県史)
『広島県史 民俗編――伝説の分布』は、広島県が編んだ県史民俗編のうち、「休養と娯楽」の部に置かれた「伝説の分布」の章である。八幡信仰にかかわる聖蹟伝説や炭焼長者、厳島をめぐる石神やうつぼ船の伝説、和泉式部・虎御前・菖蒲前を語り歩いた巫女の伝説、人柱や竜蛇の伝説などを、『芸藩通志』『福山志料』などを引いて論じる。「八幡信仰の流れ」「厳島伝説の周辺」「巫女と伝説」「県北の伝説」の四節からなり、伝説の名を見出しに立てて所在地とともに述べる。