幕府南庭の狐を引目で射る
どんな伝承か
『吾妻鏡』によると、建長二年十二月十一日、幕府の南の庭で夜ごと狐が鳴いていた。この夜、大番衆のひとり筑後左衛門次郎知定の代官の男が、引目の矢でこれを射た。狐は東の唐門から走り出て、その鳴き声は比企谷の方へ遠ざかっていったという。鎌倉時代にも狐の鳴き声が凶兆として恐れられていたことを示す記録として、著者が引いたものである。
原典より
建長二年十二月十一日、壬寅、幕府南庭連夜狐吟。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。