長源寺を追って男だけ残した島野一家
どんな伝承か
練馬区氷川台に住む島野一家は、三軒ほどの一派と七、八軒ほどの一派に分かれ、少し前まで男女で檀那寺を分けていた。女は土地の真言宗の寺、男はそろって文京区駒込の真宗長源寺の檀那である。そのいわれとして次の話が伝わる。将軍家の病弱な若君が、江戸の西北で馬の字のつく土地へ移れば治ると告げられ、練馬の仲町にあたる地に御殿を建てて移り、実際に快癒した。江戸へ戻る際、世話になった土地の金乗院の僧が、この一帯を真言宗一本にまとめてほしいと願い出たため、真宗の長源寺は立ち退くことになる。だが島野家の弥右衛門は先祖以来の寺と別れがたく、男だけは長源寺がどこへ移ろうと従うと決めたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・1984年(昭和59年))
『霊魂の行方』は、最上孝敬の葬送習俗に関する論説を集め、名著出版が昭和五十九年に刊行した論集である。死者の霊を家から送り出す霊送りやカラダビ、骨掛け、男女別墓制と半檀家、無縁仏、盆と施餓鬼、葬儀の水など、千葉・埼玉をはじめ各地で聞き取った習俗と既刊の報告をもとに論じる。「霊送りとその周辺」「葬送の諸問題」「葬祭の民俗」の三章に二十八篇を収め、巻末に初出一覧、大島建彦の解説、年譜、著作目録を付す。