馬頭観音の冷泉と盆の夜の霊迎え
どんな伝承か
昔、坂上田村麻呂が来たとき、馬の足を洗ってなぐさめたという冷泉があり、そこに馬頭観音を建立した。戦時中は御祓を受ける軍馬で賑わい、大内方面からも来たものだという。今もお堂は青年団が管理し、祭も行われている。沢ひとつ隔てた台地は、田村麻呂の一行を慰めるため踊り明かした所で、年配の人たちは今も踊り場と呼んでいる。また三川の斎藤家は、関ヶ原に敗れた斎藤源内左衛門が三河から舟で日本海を北上し三川の浜に着いた家で、その日が盆の夜であったことから、戦前まで夜中に墓へ霊迎えに行く習わしがあったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
本荘市史 文化・民俗編(現代(市史民俗編))
秋田県本荘市の伝説。竜馬山の主に足どめの法をかけた赤足止めの杉、船に害をなす虚空蔵山の手長・足長、吹雪で死んだ恋人を弔う大死人沢・小死人沢、伊勢参りの帰りに拾われ太り続けて家を富ませる熊野神社の神石、脇指目当てに殺された浪人とオウメの身投げの想思淵、弘法に水を断った罰で水の出ぬ弘法清水、龍神に通われ蛇を産んだかれい沼の女、人柱になったおから地蔵など、神石・水の怪・人柱・霊験の伝説を収める市史民俗編。