羽黒から来た山伏と柏崎の当山派修験
どんな伝承か
「白川風土記」によれば、柏崎の修験は醍醐三宝院を本寺とする当山派で、納屋町の不動院、比角の胎蔵院、久米の泉蔵院などの寺院があった。開基には羽州羽黒山や奥州福島から来た漂泊性の強い山伏が多く、羽黒修験の教線上にあったと考えられている。青海川行人堂は明暦元年に出羽国から来た羽黒行人が創建したと伝わり、後に堂守を巡って笠島の多聞寺との間で財産争いに発展したことが古文書からうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。