荒俣川の渡渉で見つけた小仏像
どんな伝承か
宿平は荒俣沢の行きどまりにあり、尾神岳と兜巾山の山裾にさえぎられて鵜川盆地は見えず、眼下に頸城の山野がみえる。昔はここに人が住んでいたといい、里が拓けてくると吉川町川谷に三軒、鵜川上野に三軒が移り住んだという。宿平へ行くには六度川を渉らなければならず、赤蝮・黒蝮がうじゃうじゃいるといわれた。明治の中頃、上野の孫市(屋号)の妻が荒俣川を渡渉していると、わらじの間に小石がはさまった。荷物をおろしてよく見ると、それは小仏像であったという。その後、高原田の三の助(屋号)の妻も同様に小仏像を発見し、それぞれの家に祀っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。