言霊隊が呼んだ大台ヶ原の大暴風雨
どんな伝承か
大正八年八月、王仁三郎は大本の幹部二十四人を三班の言霊隊に分け、自らは鎌倉へ、ほかの二隊を近江の息吹山と大和の大台ヶ原へ送った。大台ヶ原の隊は九日の夜半に着き、翌朝、三十年山に住む教会長が今日は快晴だと請け合うので雨具を預けて出発した。雲ひとつない空の下、昼前に日の出岳の山頂に着き、正午に天津祝詞を上げて言霊を十回放つと、空がにわかに曇って大暴風雨となった。一行はずぶ濡れで教会へ逃げ帰り、嵐は翌日も続いて足止めされたという。
原典より
すると不思議なことに、一天にわかにかきくもり、大暴風雨の模様となった。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。