本田親徳が遺した十年後の予言
どんな伝承か
本田親徳は死ぬ一年ほど前、弟子の長沢雄楯に「十年後、丹波から一人の修行者が現れる。その者が来てからでないと惟神の道は広まらぬ」と予言していた。まさに十年後、丹波から出口王仁三郎が長沢のもとを訪れた。静岡で汽車を乗り換え、江尻駅(現清水駅)に降り立って月見里神社に着いたときには日も暮れていたという。長沢の母豊子は、本田から預かっていた鎮魂石と石笛を、十年後に丹波から来る者へ渡すようにと言われていたとして王仁三郎に手渡した。
原典より
「十年後、丹波からひとりの修行者があらわれる。その者が来てからでないと、惟神の道は広まらぬ。十年後にこの道は丹波から開けよう」—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。