長沢雄楯が見た王仁三郎の霊光
どんな伝承か
明治三十一年、三矢喜右衛門の勧めで、丹波の王仁三郎は静岡県清水の長沢雄楯を訪ねた。山陰線がまだ開通しない頃で、王仁三郎は穴太を発ち、老の坂を越え、京都七条から汽車に乗り、江尻駅すなわち今の清水駅に下車して、日の暮れた月見里神社に着いた。長沢は二十八歳の田舎青年である王仁三郎を一目見るなり、その奥から発せられる鋭い霊の光を見た。長沢は初対面の王仁三郎に先師本田親徳の遺言と、鎮魂帰神法の驚くべき神威を滔々と語り、後継の器と見込んだという。
原典より
長沢は王仁三郎をひとめ見るなり、その奥から発せられる鋭い霊の光を見た。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。