母と父の猿捕り
どんな伝承か
今は直海谷一帯に猿の群れは一つもいないが、明治のころは沢山いたという。語り手の母が話したところでは、イオリ谷へ父と二人でゼンマイを採りに行ったとき、上のほうで泣く声が聞こえた。猿に取り巻かれていたずらされて泣いているのだと思い、大声で叫びながら登っていくと、父は猿を追い払ったと小言を言った。訳を聞くと、猿は相手が強いと見れば逃げ、弱いと見れば遠巻きに近寄っていたずらする習性があるので、泣きまねをして猿を近づけ、猿の子を捕るつもりだったのだという。猿は明治三十年代を頂点に、大正初期には集団が見られなくなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史)
『河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説』は、白山麓の河内村の村史の民俗編から、民話・伝説と故事を記した節を収めたものである。白山の千蛇ヶ池や富士山との背くらべ、高ボウケの大蛇、猿仏の名号、おひなの荒、天狗、菊酒、池の金山の伝説など、村と周辺に伝わる話を、白山関係の古文書や郡誌を引きながら記す。第三節「民話 伝説」、第四節「故事 伝説」、第五節「伝説」に分け、話ごとに題を立てて由来や現地のようすを添えている。