持つ者を猿の夢で悩ませた鍔
どんな伝承か
大正十二年九月一日、高橋秀臣は埼玉県下へ遊説に行っていたが、大震災の騒ぎに翌二日、神田錦町の自宅へ帰った。あたりは一面の焼野原で、家族は着のみ着のままで家財を何一つ持ち出していなかった。家宝として愛玩していた光広作の千匹猿の鍔も行方が知れなかった。翌年の九月、見知らぬ人が訪ねて来てその鍔を差し出し、名も告げずに帰って行った。男の話では、友人が震災の翌日に丸の内の路傍でこれを拾って持っていると、毎晩幾百とも知れぬ猿が枕頭に来て鳴き騒ぐ夢を見て神経衰弱になり、預かった自分も同じ夢に魘されたので、鍔の祟りと考え、共箱の蓋の名を手がかりに持主を捜し当てたのだという。
原典より
* 屋根の上の黒猫 (287)* 左甚五郎作の大黒天 (288)* 十二号室の怪異 (290)* 一つの不思議 (293)* 喧嘩する石の狐 (294)* 美人に化けた貉 (295)* 墓を棄…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。