赤飯を沼に流す見沼の竜神祭り
どんな伝承か
見沼が干拓される前は、年に一度、六月十五日に竜神祭りが営まれた。村人は赤飯を椀に盛って箸を添え、飯台にのせて沼へ送り出す。飯台はやがて渦に巻かれて水底へ消え、しばらく待つと鯉が箸をくわえて浮かんできたという。赤飯を櫃ごと流すと、片目の鯉が中に入って戻ってきたとも語られる。この祭りが始まったのは、正徳四年七月に岩槻の慈恩寺観音へ参ろうとした人々の船が木崎村から出て見沼で沈み、三十人あまりが命を落とした一件があってからで、竜神の怒りを鎮め沼の平穏を願うためだったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史)
『浦和市史 民俗編――伝説』は、浦和市史の民俗編のうち、第十章「伝説」を収めた部分である。調神社の片目の鯉や兎を飼わない言い伝え、日蓮上人の駒つなぎのケヤキ、見沼の竜神や笛、別所沼の大蛇、地名や塚の由来、特定の作物や弓矢を忌む家の言い伝えなど、市内に伝わる伝説を集める。旧市部から西浦和まで地区別に節を立て、見沼の伝説は一節にまとめ、章の初めに『埼玉県伝説集成』などの引用文献を掲げ、話のあとに▽印で異説や由来を補う。