師輔の吉夢と法隆寺の夢違え観音
どんな伝承か
悪夢を吉夢に変えることを「夢違え」という。藤原師輔は朱雀門の前で内裏を抱いて立つ壮大な吉夢を見たが、思わず人に話したため吉が逃げ、ついに関白になれなかったと『大鏡』は伝える。悪夢とわかれば呪文や和歌を唱え、なお不安なら神仏に頼った。奈良の法隆寺には「夢違え観音」という金銅仏があり、悪夢祓いに霊験があると信じられている。
原典より
すると、これを聞いた女房の一人が賢ぶって、「それではさぞ股が痛かったことでしょう」と言ったのだが、このひと言のために吉夢の吉は逃げてしまう。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。