弘法大師が残したあさづきの種
どんな伝承か
昔、大寺を通って横達の方へ行かれる坊さまがあった。道割堂の上のあたりで朝になったので、一休みしようと道端の一軒の家に寄って声をかけた。立ち寄った家の年寄りは大変よろこび、囲炉裏の端で休んでもらうと、表へ大急ぎで出て行き、随分たってから瑞々しい野菜をいっぱい持って帰ってきた。その野菜を煮て差し出すと、坊さまはどこで採ってきたのかと尋ねた。年寄りが、この辺りではすぐ間に合う野菜が採れず、向こうの谷まで採りに行くほかないと答えると、坊さまは袋から黒い小粒の種を出し、これを畑に蒔けば毎年春先に青い芽を出すと言って立ち去った。その種は「あさづき」になって広がり、この坊さまは弘法大師であったという。
原典より
昔、大寺を通って横達の方へ行かれる坊さまがいました。—— 磐梯町史 民俗編――伝説と昔話(磐梯町(編)・磐梯町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
磐梯町史 民俗編――伝説と昔話(磐梯町(編)・磐梯町史・自治体史(民俗))
『磐梯町史 民俗編』第10章口承文芸所収の伝説と昔話。福島県磐梯町(会津・磐梯山麓)に伝わる口承を採録する。磐梯山を七回り半巻いた大蛇の頭と尾にちなむ尾寺(大寺)、大同二年に弘法大師が三鈷を投げて鎮めの寺を定めた梵字清水、弘法さまとあさづき、磐梯山が破裂したベコ雪、井戸の精が美女に化け切ると大蛇だった赤枝の蛇女、入口を叩く猿のよめとり、欲深を戒める山姥、笠地蔵、会津平を救った弘法清水、目鼻のないノッペラボウの度胸ばなしなどを収める。