河童から子を救った十二月の餅
どんな伝承か
藤代町の新川のあたりの話。昔、ある子供が家で御飯を食べていると友達が遊びに誘いに来たが、餅を食べているからと言って行かなかった。誘いに応じて出かけた友達はみな河童にひかれてしまい、餅を食べていたその子だけが難を逃れたという。それは十二月の何日かのことで、以来その日には餅をついて供えるようになったという。この餅はカピタリ餅と呼ばれ、一般には広く行われていた行事であるが、龍ケ崎市の馴柴地区では河童の話に結びつけて伝えられていた。
原典より
昔、ある子供が御飯を食べているとき、友達がさそいに来て、「餅を食べているから」といって行かなかった。—— 竜ケ崎市史民俗調査報告書1(馴柴・八原地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
竜ケ崎市史民俗調査報告書1(馴柴・八原地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書)
『竜ケ崎市史民俗調査報告書1(馴柴・八原地区)――伝説・怪異』は、竜ケ崎市史の民俗調査報告書の第一集のうち、口承文芸の章である。馴柴・八原の両地区で聞き書きした話を収め、子育て幽霊や茗荷女房などの昔話と笑話に「大成」の話型名を添え、馴馬のジンシチの怪力譚、天狗、狐の提灯、蛇沼の主、デーデー坊の巨人伝説などを記す。地区ごとに昔話と伝説・世間話に分け、伝説・世間話は馴馬・若柴・八代・貝原塚など舞台の土地ごとにまとめ、伝える地名を添える。