山津波で海へ流れた米の山の阿弥陀仏
どんな伝承か
『筑前国続風土記拾遺』によれば、米の山の頂には堂床と呼ばれる所があり、昔はそこに阿弥陀堂が建っていた。しかしあまりに険しいので堂を山の中腹へ移したところ、そこには「お寺はじ」という地名が残るが、やがて山津波で堂が押し流された。仏像が流れ込んだ所は祇園社の裏で、阿弥陀ヶ淵と呼ばれるようになった。像はさらに海へ出て志賀島に流れ着き、今もその島にあるという。堂床とは、山頂の広く平らな所を指す言葉である。
原典より
「米の山の頂に、堂床とて、昔、阿弥陀堂有りし、されど甚だ峻険なる故に、山の中腹に移せしが(お寺はじ、と言う地名あり)山潮にて堂流れぬ、…—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。