小早川秀秋が陣取った中納言岩
どんな伝承か
若杉楽園の南四百メートルほどに、裾回りが五十四メートル、北側が庇のように張り出して高さ九メートル半に達する大岩がある。岩の上には不動明王が立ち、庇の下には古くから十三仏が祀られている。豊臣秀吉が朝鮮出兵のとき臨海の諸藩に軍船を造るよう命じると、筑前の国主小早川秀秋は若杉山に茂る神木の綾杉を船の材料に充てた。このとき中納言の位にあった秀秋がこの岩の上に陣を構えて伐り出しの指図をしたことから、中納言岩と呼ばれるようになったという。
原典より
このとき中納言秀秋が、この岩の上に陣取って指揮命令したので、中納言岩と言われるようになりました。—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。