中納言岩と岩見重太郎
どんな伝承か
小早川秀秋の家臣に岩見重太郎という人がいた。幼いころ神隠しにあい、数年のあいだ宝満・三郡・若杉の三つの山で天狗につき従って兵法と武芸を学んだ。若杉山の中では中納言岩や天狗岩をまたとない場所として修練に励み、六尺を超える大男に育って、六十キロほどもある鉄の棒を錫杖のように振り回していたという。のちに関ヶ原で徳川方に通じた主君に見切りをつけて浪人し、薄田隼人兼相と名乗って大坂方に加わった。冬の陣では城を守り抜いたが、濠を埋められたあとの夏の陣で城外に打って出て、力及ばず討ち死にしたと伝わる。
原典より
幼い時に神隠しにあって、数年のあいだ宝満、三郡、若杉の三山の中で天狗に従って兵法、武芸を学びました。—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。