兼山渡しと諏訪神社の曳綱
どんな伝承か
昔、兼山城の森氏に仕える武士が、急ぎの用で木曽川を渡ろうとした。ところが川は増水しており、船頭はこの水では無理だと断った。武士は怒り、渡さなければ斬ると脅したので、船頭はやむなく命がけで舟を出し、ようやく向こう岸にたどり着いた。武士は喜び、これからは諏訪神社の曳き綱を与えるから、それを使えば危険はあるまいと約束して去った。それからというもの、諏訪神社の祭りが終わると、だんじりを曳いた綱を寄進してもらい、渡し場の安全を守るものとして使うようになったという。
原典より
それ以来、諏訪神社の祭礼のあと、だんじりを曳いた綱の寄進を受けて、渡船場の安全の守り神として利用するようになったという。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。