アイヌのハツピラと田村麻呂
どんな伝承か
脇野沢を最初に開いたのはアイヌだと伝えられ、その一人はハツピラという名だった。港町には今もその子孫だという家があり、アイヌ模様の織物や小刀、決して触れてはならないとされた黒く焼けた紙包みが伝わっていたが、昭和九年の大火ですべて焼けたという。アイヌは牛や馬を大切にしたとも語られる。蝦夷征伐に下ってきた田村麻呂はこの地でアイヌの娘と契り、娘は身籠ったが、田村麻呂は京へ帰ってしまう。娘は生まれた子を連れて後を追い、弁天島の向かいの岸で命を落とした。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
脇野沢村史 民俗編――伝説と世間話・キツネ伝承(脇野沢村(編)・脇野沢村史)
『脇野沢村史 民俗編――伝説と世間話・キツネ伝承』は、下北半島の最西端にある脇野沢村の村史民俗編のうち、口承文芸を扱った第七章である。村で採集した一一七話の昔話の特色と語りの場・語り手、地名をめぐる伝説、人を化かすキツネや狐の嫁取り・仇討ちの世間話、夢の予兆をめぐる伝承、天候や豊漁・豊作の諺を収める。章を昔話、伝説と世間話、諺と言葉遊びの三節に分け、昔話には『日本昔話大成』の話型分類による対照表を付す。