田村将軍を慕い死んだ女と弁天島
どんな伝承か
来た動機はわからないが、田村麿将軍が脇野沢に来て、ある女と親しくなった。ところが帰るときにその女を置いて、自分一人こっそり島へ行ってしまった。それを知った女は将軍を慕って島まで来て、泣きに泣いてそこで泣き死んだ。それで弁天島と呼ぶようになり、女を弁天様と言うので弁天島という名になったのだという。その島の周りに生えているワカメは、その当時の女の髪の毛だと聞いていると語られる。別の伝えでは、将軍が安達小連の娘と通じて京へ帰る際に置き去りにし、娘は海辺を彷徨して三児を産んだのち泣き死にしたという。
原典より
来た動機ぁ、わがらねが、田村麿将軍が脇野沢さ来ておなごど良ぐなって、そして帰る時その女の人を置いで自分一人こっそり島さ行ったんたべたて、それが分って、それ(将軍)を慕って島まで来て、泣いで泣いでそごで泣き死んだ言うので弁…—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第1巻』は、叢書『日本伝説大系』のうち北海道と青森県の伝説を収めた巻である。人間の始めやコロポックル、アイヌの神謡、岩木山一代記、おしら祭文、義経や弘法大師の事跡、狐や大蛇の話、地名や神社の由来などを、口承の資料を中心に採る。伝承地を記した例話を冒頭に置き、〔類話〕〔文献〕〔参考〕の欄で各地の類話の梗概と近世以後の文献の原文を添える編み方をとる。