アイヌのハツピラと田村麻呂
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どんな伝承か
脇野沢を最初に拓いたのはアイヌであると伝える。その一人にハツピラという名前のアイヌがいた。現在でも港町にはこのハツピラの子孫であると伝える家がある。アイヌの模様のはいった織物や小刀があったといわれ、絶対に触れてはいけないといわれた黒く焼けた紙包みがあったとも伝えるが、昭和九年の脇野沢大火に遭って焼失してしまった。のちに田村麻呂が蝦夷征伐にやって来て脇野沢の地でアイヌの娘と恋仲になり、娘は身籠るが、田村麻呂は京へ帰ってしまい、娘は産まれた子供と後を追い弁天島の対岸で死んでしまったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
脇野沢村史 民俗編――伝説と世間話・キツネ伝承(脇野沢村(編)・脇野沢村史・自治体史(民俗))
『脇野沢村史 民俗編』第七章・口承文芸所収の伝説と世間話。青森県下北半島・脇野沢村の口承を採録する。脇野沢を七地域に分けて語る地名起源伝説、子供を脅す妖怪モコ・ジョジョ、海に現れる亡者船、そして数多く語られるキツネ伝承を中心とする。
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むつ市の伝承
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