田村御前が身を投げた御前沼
どんな伝承か
大字船引に御前沼がある。田村清顕の死後、家中は相馬派と伊達派に分かれて対立したが、相馬派が破れ、その中心をなしていた清顕の妻田村御前は船引城に移された。御前はそれに堪えかね、この沼に身を投げて死んだという。それでこの沼を御前沼、あるいは御前池と呼ぶようになったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
船引町史 民俗編――昔話と伝説(船引町(編)・船引町史・自治体史(民俗))
『船引町史 民俗編』第十一章所収の昔話と伝説。福島県船引町(現田村市)に伝わる口承を採録する。