戦死者を葬った本郷舘の供養坦
どんな伝承か
大字芦沢の字本郷にある。本郷舘は田村四十八舘の一つで、天正年間に田村清顕の家臣箭内土佐守が築いた舘といわれる。清顕の没後、継嗣争いが起こって相馬方と伊達方に分かれて対立した際、舘主の箭内氏は相馬方に組した。そのため伊達政宗の軍勢に攻められ、ついに攻め滅ぼされたという。そのときの戦死者は馬場の中央に埋葬され、いま供養坦と称するのがその墓であるという。坦には当時植えたという松が、今なお老松として生きづいている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
船引町史 民俗編――昔話と伝説(船引町(編)・船引町史)
『船引町史 民俗編――昔話と伝説』は、船引町が編んだ町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。昭和五十三年春から町内を回って集めた昔話を話者の名を添えて土地の言葉のまま載せ、坂上田村麻呂や安倍貞任にまつわる地名・社寺の由来など町内の伝説を併せて記す。第一節では語り収めの句、葉煙草ののし作業を語りの座とした伝承の環境、語り手の系譜を論じ、第二節では伝説を自然・歴史・宗教の三つに分けて紹介する。