移川に沈んだ大倉の水晶の碁盤
どんな伝承か
昔、田村郡船引町の大字大倉にあった館の主が敵に攻められたとき、家宝にしていた水晶の碁盤を移川へ投げ捨てて落ちのびたという。あとになって村人が川をせき止め、水をはらって碁盤を探したが、水をはらい終わる頃になると決まって大水が出た。そのため今に至るまで水晶の碁盤を探しあてた者はないと伝えられている。この話は『移小学校郷土誌』に載るものである。大倉には天正十五年に伊達政宗に攻められたという大倉舘の跡も伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
船引町史 民俗編――昔話と伝説(船引町(編)・船引町史)
『船引町史 民俗編――昔話と伝説』は、船引町が編んだ町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。昭和五十三年春から町内を回って集めた昔話を話者の名を添えて土地の言葉のまま載せ、坂上田村麻呂や安倍貞任にまつわる地名・社寺の由来など町内の伝説を併せて記す。第一節では語り収めの句、葉煙草ののし作業を語りの座とした伝承の環境、語り手の系譜を論じ、第二節では伝説を自然・歴史・宗教の三つに分けて紹介する。