群馬・三隣亡を祀る家
どんな伝承か
昭和二十二年、朝日新聞「聲」欄への投書に記された話。凶日とされる「三隣亡」を、三隣が滅んでも自分ひとりが栄えればよいとして逆に祀る者が群馬県渋川町に現れた。これに反発した近隣の人々が石塔を並べ立て、この迷信への防衛の陣を敷いたという珍事が、当時の新聞「青鉛筆」欄で伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。