三重の厄日に式を挙げた夫婦
どんな伝承か
昭和三十四年十一月十三日は、十三日の金曜日と仏滅と三隣亡が偶然に重なる厄日だった。この日が誕生日にあたっていた総理大臣の岸信介は祝いの席を十五日にずらし、新聞各紙はそれを皮肉ひとつ添えずに伝えている。都内の名の知れた式場はどこも閑散として、東京新聞の調べでは、あえて式を挙げた夫婦は帝国ホテルで一組、新宿と大田の生活館で数組しかいなかった。日を選ぶ習わしは、迷信と言われながらもなお根強い。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。