股のぞきで見える不時沼の蜃気楼
どんな伝承か
鏡沼の西一キロメートルほどの所に、化粧が原という原がある。昔、和田平太胤長の妻が夫に会うため鎌倉から下り、この地で鏡を出して髪を梳り、姿を整えたことからその名がついたという。原の中には不時沼という所があり、ふだんは草が茫々と生えているが、梅雨の頃に長雨が続くと水が溜まって沼となり、時には草原となり、また沼となるので不時沼と名づけられた。雨上がりのよく晴れ渡った日、沼のほとりで背を曲げ、股の下から覗くと、はるか彼方に大海原の波が立つのが見え、大勢の人が往来する姿が蜃気楼となって見えたといわれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鏡石町史 第4巻 民俗編
『鏡石町史 第4巻 民俗編』は、鏡石町の町史のうち民俗を扱う巻である。第十一章「昔話と伝説」では、笠石・細谷・成田・久来石などのムラに伝わる木や坂・峠・祠堂・石にまつわる伝説を集め、伐ろうとした者が病んだ愛宕様の楓、鼻取り地蔵、和田平太胤長の妻にちなむ化粧が原などの由来を記す。伝説は木の部・坂峠山の部・由来譚・祠堂の部・石岩の部に分けて番号を付し、各話の末尾に話者名か『白河風土記』などの典拠を添える。